アーノルド・キアリ奇形
アーノルド・キアリ奇形とは、本来は頭蓋骨(とうがいこつ)の中に納まっているべき、小脳扁桃(へんとう)や延髄が頭蓋骨の下縁にある大後頭孔を超えて、頸椎(けいつい)を上下に貫いている脊柱管に脱出、下垂する疾患。脳の奇形の一種です。
疾患名は、1891年に新しい症例とその分類を発表したオーストリアの病理学者ハンス・キアリと、1894年にその普及に貢献したドイツの病理学者ジュリアス・アーノルドに由来しています。
脱出した小脳扁桃が間脳、中脳、橋、延髄などで構成されている脳幹を圧迫したり、頭蓋骨と頸椎の移行部で脳脊髄液の通過を障害したりして、症状を出すことがあります。しばしば、脊髄(せきずい)や延髄の中に空洞が生じ、内部に脳脊髄液が貯留する脊髄空洞症を合併します。
胎児期に後頭骨から頸椎上部の骨の形成異常によって起きる先天性と、出生時の外傷による頭蓋骨の変形によって起きる後天性があり、詳しい原因はわかっていません。
また、脱出、下垂した脳組織や合併する疾患によって、アーノルド・キアリ奇形は1型、2型、3型に分類されます。
アーノルド・キアリ奇形1型は、小脳扁桃だけが脊柱管内に下垂するものです。先天的に脊椎骨が形成不全となって、脊椎骨の背中側の一部が開放し、脊髄や髄膜の一部が骨の外に露出する脊髄髄膜瘤(りゅう)の合併はなく、神経系の奇形を合併することはまずありません。
通常は単独の疾患ですが、時に脳脊髄液による脳の圧迫が脳機能に影響を与える水頭症や、頭蓋骨縫合早期癒合症(小頭症)、脳腫瘍(しゅよう)、脊髄係留などの疾患によって、後天的にアーノルド・キアリ奇形1型を認めることもあります。通常は、遺伝性はありませんが、まれに家族間で発生することもあります。
アーノルド・キアリ奇形2型は、小脳虫部や脳幹まで脊柱管内に下垂するものです。アーノルド・キアリ奇形1型より重症で、ほとんどで水頭症を伴うとともに、原則として脊髄髄膜瘤を伴い、神経系の奇形を合併します。
アーノルド・キアリ奇形3型は、小脳、延髄が頸椎上部の脊髄髄膜瘤の中に下垂するものです。生命予後は、不良です。
アーノルド・キアリ奇形1型を発症すると、頭痛、後頸部痛、めまい、手足の感覚障害、脊椎側湾症、筋肉が緊張しすぎて歩きにくくなる痙縮(けいしゅく)を生じます。頭痛や後頸部痛は、くしゃみやせきで誘発されることが多いのが特徴的です。まれに睡眠時無呼吸症候群を起こすこともあります。
一般には、数年から十数年かけてゆっくり進行し、高校生ぐらいから40歳くらいの女性に症状が出ることが多いのですが、小児期から症状を出すこともあります。
小児のアーノルド・キアリ奇形1型では、年齢によっても症状が異なります。2歳以下では、食物を飲み込みにくくなる嚥下(えんげ)障害や、胃食道逆流などの症状が約80パーセントに認められるのに対して、3歳をすぎると、合併する脊髄空洞症による腕から手にかけてのしびれや筋力低下、頭痛、脊椎側湾症といった症状が多くなります。
脊髄空洞症も2歳以下では、約30パーセントにしか伴いませんが、3歳をすぎると、85パーセント程度と高率に伴うようになります。
アーノルド・キアリ奇形2型の多くは、乳幼児期に発症しますが、やはり年齢によって症状が異なります。
2歳以下では、嚥下障害、呼吸障害が主な症状で、重症な場合は気管切開や、腹部に開けた穴から管で胃に栄養分を送る胃ろうが必要になることもあります。2歳以上では、アーノルド・キアリ奇形1型と類似した症状になってきます。脊髄髄膜瘤が致死的経過をとることもあるため、特に乳児では症状が出た場合に準緊急的な対応が必要になります。
脳神経外科、脳外科の医師による診断では、頭部のMRI(磁気共鳴画像撮影)検査を行い、小脳扁桃が大後頭孔より下垂していると、アーノルド・キアリ奇形1型と確定します。
脊髄のMRI(磁気共鳴画像撮影)検査により、脊髄空洞症の有無を調べます。また、CT(コンピュータ断層撮影)検査やX線(レントゲン)検査を行い、頭蓋骨の形成異常、側湾など脊椎骨の変形を調べます。
アーノルド・キアリ奇形2型に対しては、合併する水頭症、脊髄髄膜瘤を併せて評価します。
脳神経外科、脳外科の医師によるアーノルド・キアリ奇形1型の治療では、基本的には小脳扁桃が下垂して空間が狭くなり、延髄などが圧迫されている大後頭孔部の減圧術を行います。
後頭骨の一部を削除した後、人工硬膜を用いて硬膜を形成し、空間を広げます。この手術で、合併する脊髄空洞症も改善する場合がほとんどです。改善しない場合は、空洞内にカテーテルを入れて、たまった脳脊髄液をくも膜下腔(こう)へ流す手術を行う場合があります。
アーノルド・キアリ奇形1型の80〜90パーセントは、手術により症状が改善し、予後良好とされています。
アーノルド・キアリ奇形2型の治療では、脊髄髄膜瘤に対する修復術と、水頭症に対する脳脊髄液の一部分を頭蓋骨の外へ流す処置や、シャントチューブと呼ばれる細い管を用いて頭以外の腹腔へ脳脊髄液を流す仕組み作りを優先します。
これらの治療にもかかわらず明らな症状が認められるようになった場合には、アーノルド・キアリ奇形1型に対するのと同じ減圧術を行います。しかし、予後は不良です。
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