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∥四百四病の事典∥
結核とは、結核菌によって主に肺に炎症を起こす感染症。昔の疾患、あるいは発展途上国の疾患と考えられがちですが、日本では2007年の1年間で2万5000人余が新たに発症し、約1割の人が亡くなっています。
明治時代から昭和20年代にかけて、長らく死因のトップで国民病、亡国病とも呼ばれていた結核も、国を挙げて予防や治療に取り組んで死亡者は激減しましたが、現在でも決して発症者数の少ない感染症ではありません。人口10万人当たり発症者は19・8人と、米独仏伊などの10人以下に比べて高く、世界保健機関(WHO)の分類では、中まん延国とされています。
人口10万人当たり10人以下の低まん延国になるには10年以上、日本から結核を根絶できるまでには50年以上かかるだろうという予測もあります。結核をなかなか根絶できないのは、結核菌がしぶとい菌だからです。世界に目を転じれば、結核はアジアやアフリカで猛威を奮い、2006年には165万人が命を落としています。
日本の結核を巡る状況は、新しい時代に移りました。2005年4月1日に結核予防法がおよそ50年ぶりに改正され、乳幼児へのツベルクリン反応検査は廃止され、BCG接種を生後6カ月までに行うこととなり、定期結核健診の対象も変更されました。
一方、結核の抱える問題は多様化し、発症者の高齢化、都市部への集中、重症発症の増加などが認められるほか、集団感染の発生もなかなか減らず、20年前と比べて20、30歳代の発症者の減り方が他の世代に比べて鈍くなっています。
現在の高齢者は若い頃に結核流行時を経験しているため、すでに結核に感染している人が多く、体力と免疫力が低下した時に、眠っていた結核菌が目を覚まして増殖し始め、結核を発症しやすくなります。2007年の発症者のうち、70歳以上が48パーセントを占めています。
反対に、若い世代の多くは結核菌に未感染のため、結核菌を吸い込むと感染しやすく、比較的早い時期に発症する危険があります。さらに、若年層で増加するエイズ(AIDS、免疫不全症候群)と結核感染が重なると死期を早めるため、十分な注意が必要です。
結核に感染しても、必ず発症するわけではありません。発症する確率は、10人に1人程度です。通常は免疫機能が働いて、結核菌の増殖を抑えます。ただ、免疫力だけでは結核菌を殺すことはできないので、高齢になって免疫力が弱まると発症するというケースが増えているのです。免疫力の弱い乳幼児も、発症しやすくなります。
結核は、結核の発症者と接触してもそれほど簡単に感染することはありません。結核の感染は、次の4つの条件がそろうことによって決まります。
(1)感染源となる重症の発症者の、たんの中に結核菌が出ていること。たんを塗抹して調べたら、大量の菌がみられたという塗抹陽性の場合が、特に危険です。
(2)重症の発症者が激しいせきをしていること。結核菌は、せきをした際に飛び散る、飛沫(ひまつ)の中に含まれています。せきがなければ、結核菌が外に飛び散ることはめったにありません。
(3)感染を受ける側の人は、今までに結核に感染していないこと。なぜなら、すでに一度、結核に感染している人が再び感染する再感染および重感染は、普通まずあり得ないからです。
(4)感染源の発症者と感染を受ける人が、ある程度の距離で接触していること。結核は空気感染するといわれています。せき、あるいは、くしゃみの時に飛び散った飛沫の液体成分が蒸発すると、中にあった菌は裸の状態となります。こうなると軽いので、空気の流れに乗って思わぬ遠いところにいる人が感染することもあります。しかし、普通は話をする程度の距離で接触した場合に感染することが多いようです。
食べ物や食器を通して、結核が伝染することはありません。たんの中に結核菌を出していない軽症の発症者から、感染を受ける恐れもありません。重症の発症者でも結核の薬を飲み始めると、たんの中の菌は激減しますので、せきが止まれば周囲の人が感染を受ける危険性は少なくなります。
結核の約8割を占める肺結核の症状は、せき、たん、微熱、体重減少、胸痛、血痰(けったん)など。せきは最も多くて、80パーセントの肺結核発症者が訴えています。病状はゆっくり進行するので、初めは喫煙、風邪の名残、あるいは喘息(ぜんそく)が原因ではないかと思っているうちに、朝、せきをすると黄色や緑色のたんが出るようになり、やがて血液の筋が混じるようになります。たんに大量の血液が混じることは、まれです。
夜中におびただしい量の寝汗が出ることも、もう1つの症状です。汗が大量で、寝間着や寝具まで取り換えなければならないこともあります。ただし、寝汗は結核だけに特有のものではありません。せきと寝汗に加えて、全体的に気分が優れず、元気や食欲もなくなってきます。少したってから、体重も減少してきます。
急に息切れがして胸痛がある場合は、肺と胸壁の間に空気(気胸)または水(胸水)がたまっている徴候です。結核の約3分の1は、胸水から症状が始まります。放置すると、感染が肺に広がるにつれて息切れが強くなります。
新しい結核感染症の場合、菌は肺から付近のリンパ節まで移動します。体の自然な免疫機能が感染症を制御できれば、そこで感染症は止まり、菌は休眠状態になります。ところが、乳幼児の場合は自然の免疫機能が万全でないため、気管支や動脈、静脈が肺に入っていく部分の肺門にあって、肺のリンパ液の大部分が集められて流れ込んくる肺門リンパ節に結核性病巣ができて、大きくはれます。気管を圧迫し、高い音の空せきが出て、場合によっては肺虚脱まで起こることがあります。
また、リンパ管を伝って首のリンパ節まで感染症が広がる頸部(けいぶ)リンパ節結核になることもあり、はれたリンパ節から膿(うみ)が皮膚を破って出てきます。
肺以外の結核、すなわち肺外結核は、結核菌が血管を通って全身にばらまかれ、そこに病巣を作る粟粒(ぞくりゅう)結核によって起こります。肺外結核は腎(じん)臓とリンパ節に起こるものが最も多く、骨、脳、腹腔(ふくこう)、心膜、関節、生殖器にも起こります。疲労、食欲不振、時々出る熱、発汗、時に体重減少がある以外は症状に乏しく、結核が生じた部位によって痛みや不快感があったり、なかったりします。
脳や脊髄(せきずい)を包む髄膜に感染する結核性髄膜炎は、致死的な病気です。発熱、持続する頭痛などの症状で始まり、やがて嘔吐(おうと)、意識障害など重篤な症状を呈します。早い時期に強力な治療を始めないと、まひ、認知症など重大な後遺症を残すことがあり、救命できない場合も少なくありません。
結核は脳に感染することもあり、結核腫(しゅ)という病巣ができることがあります。結核腫は、頭痛、けいれん発作、筋肉脱力感などの症状を起こします。結核性心膜炎は、心膜を侵す結核です。この感染が起こると心膜が厚くなり、心臓と心膜の間に水がたまります。こうなると、心臓のポンプ機能が損なわれ、頸静脈がふくれ、呼吸が苦しくなります。
結核予防のためのBCG接種を受けていない人の場合には、結核への初めての感染に引き続いて肺門リンパ節がはれたり、4~5カ月で結核性髄膜炎になるなど、比較的早期に発症することが少なくありません。
BCG接種を受けている人の場合には、結核性髄膜炎など重い疾患は約80パーセント、肺結核は約50パーセント防止できますので、発症率はずっと低くなります。たとえ発症しても、感染後6カ月くらいたってからのことが多く、病状自体も軽くすみます。
ただし、BCGの効果は絶対的なものではないので、発症を完全に防ぐわけではないこと、一度感染を受けると、3~5年の間は大丈夫でも、もっと後になって発病することがあることを知っておいてください。
せき、たん、微熱、体重減少、胸痛、血痰などの症状が出た時、特に2週間以上たっても治らない時、あるいは治ったと思っても繰り返す時には、風邪をこじらせたか、あるいは結核も含めた何らかの呼吸器感染症かもしれないので、念のため、検査することが勧められます。
結核の感染を調べるには、ツベルクリン反応検査とQFT(クオンティフェロン®TBー2G)検査が行われます。ツベルクリン反応検査だけでは、結核菌に感染したのか、類似の非結核性抗酸菌に感染したのか、BCG接種の影響であるのかを区別できません。QFT検査はより精度が高く、2006年1月1日から保険適用されています。
結核の発症を調べるには、胸部X線検査が行われます。X線撮影では、白黒が反転して映ります。肺は空気が多いためX線を通しやすく、全体に明るく(=黒く)映ります。この肺の中に暗く(=白く)映る影があれば、何らか異常があると考えられます。
結核菌の質を調べるには、喀痰(かくたん)検査が行われます。たんを顕微鏡で見て細菌を調べたり、菌の一部を培養したりして、菌の種類を見極めます。
結核を発症したとしても、せき、たんと共に結核菌が空気中に吐き出されていない場合は、他の人に感染させる心配はありませんので、入院しなくても通院で治療ができます。医師による治療の基本は、服薬です。1944年にストレプトマイシンが開発されて以降、続々と抗結核薬が開発され、今では10種類以上の抗結核薬があります。このため結核の治療は、昔とは比べものにならないほど進歩しました。
とりわけリファンピシンという薬ができてから、治療成績はまた一段とよくなりました。リファンピシンはほかの薬に比べ、殺菌力が非常に強いからです。今では特別に重症や高齢の患者でない限り、肺結核患者は100パーセント治すことができるといえるほどです。
治療では普通、最初の2カ月間はリファンピシン、ヒドラジド、ピラジナミド、エタンブトールまたはストレプトマイシンの4種類の薬を使い、その後はリファンピシンとヒドラジドの2種類、または、エタンブトールを加えた3種類の薬にし、合計6カ月で治療を完了します。
ピラジナミドを初め2カ月間使うと殺菌力が強く有効ですが、80歳以上の高齢者や肝機能障害のある人には使えません。この場合には、治療は6カ月では短すぎ、最も短くて9カ月の治療が必要です。
たんの中に結核菌が出ていず、結核菌が増殖する病巣である空洞が胸部X線検査でも見えない軽症の場合にも、同じ治療が進められます。最近はヒドラジドの耐性が増えているので、初めから2つの薬だけで治療することは進められず、少なくとも最初は3つの薬で治療することが必要です。
結核の服薬治療で大切なことは、以下の3点になります。
(1)薬を確実に服用すること。結核が治るようになったのは、抗結核薬ができたからで、結核という疾患が変わったわけではありません。薬を飲まなければ昔と同じで、結核は非常に恐ろしい疾患であることに変わりはありません。せきが治まったからといって治療の途中で薬をやめてしまうと、菌は薬への耐性を増し、時に薬の効かない多剤耐性菌になることがありますので、医師の指示を守って服薬を続けてください。
(2)必ず全部の薬を飲むこと。結核の治療は2種類または3~4種類の薬を同時に使うことが原則です。どれかを飲むのを忘れ、例えば1種類だけの薬を服用すると、その薬に対し、結核菌が耐性になり、効かなくなってしまうことがあります。こうして一度効かなくなってしまうと、元には戻りません。抗結核薬のうち最も強力で副作用が少ないのがリファンピシンとヒドラジドで、このどちらかに耐性をつけてしまうと治療は難しくなりますし、副作用の多い薬を飲まなければならなくなります。全部の薬を必ず飲むことが必要です。
(3)最初の2カ月間の薬の服用を特に大切にすること。もちろん、6カ月ないし12カ月、場合によってはもっと長期間の服薬はすべて確実に行うことが大切ですが、特に最初の2カ月間の服薬がポイントです。初めのうち、疾患発見のショックや、胃腸の調子が悪いなどのために、服薬が不確実になることが少なくありません。しかし、病巣内には多数の結核菌がいますので、強力な治療が必要。初めにいい加減に飲んでいては、後になって一生懸命に飲んでも、病巣は治りにくくなり耐性ができたりしますので、初めのマイナスは取り戻せないのです。抗結核薬の服用は副作用を伴うこともあるので、疑問があれば小さなことでも主治医に相談してください。
なお、結核は継続して治療が受けられるように、2005年4月1日に改正された結核予防法に基づく結核医療費公費負担制度により、治療が公費により負担される場合があります。このような負担制度の詳細につきましては、最寄りの保健所に相談してください。
改正された結核予防法では、高齢者や、大都市などの特定地域に発症者が集中している状況に対応するため、集団から個々のリスクに応じた、予防・治療中心の対策を中心としています。具体的には、リスクに応じた健康診断の実施、乳幼児期のツベルクリン反応検査を廃止しBCGの直接接種の導入、DOTS(ドッツ、直接服薬確認療法)体制の強化、国・都道府県による結核予防計画の策定、といった内容が盛り込まれています。
DOTSとは、服薬を確実にするために、確実に服薬したことをチェックしながら行う治療法です。チェックは、看護師、保健師、薬剤師など実情に応じてさまざまな医療従事者により、いろいろな方法で行われています。治療の途中で服薬を止めてしまうのを防ぐためにもDOTSは有効で、入院患者に対する院内DOTSから始めて、退院者への手厚いケアを行う地域DOTSの必要も叫ばれています。
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