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∥四百四病の事典∥
■脳に海綿状の病変が現れる疾患
クロイツフェルト・ヤコブ病とは、体内に異常なプリオン蛋白(たんぱく)が入り、脳が委縮して海綿状の病変が出現する中枢神経疾患。全身の不随意運動と急速に進行する認知症を主症状とし、発病後1~2年以内に全身衰弱、肺炎などで死亡します。
この異常なプリオン蛋白によって起こる疾患は、プリオン病と総称されています。人間ではクロイツフェルト・ヤコブ病のほかに、ゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群、致死性家族性不眠症があります。かつては、ニューギニア島で行われていた葬儀の際の食人習慣に起因する、クールーという手足が震え認知症となる不治の病も、類縁疾患に含まれていました。
また、牛の狂牛病(牛海綿状脳症:BSE)、羊のスクレイピー病や、ミンクでも同じ症状が起こり、脳に海綿状の病変が起こって死亡します。
クロイツフェルト・ヤコブ病の名は、1920年と1921年にそれぞれ症例報告を行ったドイツの二人の神経学者ハンス・ゲルハルト・クロイツフェルトとアルフォンス・マリア・ヤコブにちなんで付けられたものです。ただし、現在では、クロイツフェルトが報告した症例は別の疾患の患者であった可能性が高いと考えられているため、近年では、病名をヤコブ病と改めるべきだという主張もなされています。
このクロイツフェルト・ヤコブ病はまれな疾患であり、年間の発症者は100万人におよそ1人の割合でしかみられます。日本を含め、世界各国の地域による差は、あまりありません。例外的に中東のパレスチナ地方では、100万人におよそ30人の割合でみられるといわれています。男性よりも女性にやや多く、50~70歳代に起こり、平均発症年齢は62~63歳。日本では、厚生労働省の特定疾患(難病)に指定されています。
疾患の原因は、プリオンと呼ばれる感染因子で、その本体である異常化したプリオン蛋白が脳内に沈着するためと見なされています。プリオンは本来、人間の脳に存在しますが、異常な形のプリオン蛋白が体内に入り込むと正常なプリオン蛋白も異常化すると見なされるため、少量の異常プリオン蛋白に感染したり、摂取しただけでも発症の可能性があります。異常化したプリオンは脳内に沈着、蓄積し、神経細胞を障害して次々と変性、壊死(えし)、脱落させます。しかし、この発症メカニズムも確定的ではありません。
クロイツフェルト・ヤコブ病は、原因や症状などにより、以下のように分類されます。
散発性(孤発性)クロイツフェルト・ヤコブ病
発症の原因が不明で、およそ100万人に1人の割合で発症するとされているもの。発症者の多くは50歳以上の高齢であり、若年層の症例はまれです。
遺伝性(家族性)クロイツフェルト・ヤコブ病
プリオン蛋白をコードするプリオン蛋白遺伝子の変異を原因とするもの。まれですが、プリオン蛋白遺伝子に変異のある人では、この病気が遺伝することがあります。
変異型クロイツフェルト・ヤコブ病
以前は新型、あるいは新変異型クロイツフェルト・ヤコブ病と呼ばれていたもの。異常プリオン蛋白質を含む食肉を摂取したために、人間が発症するもので、かつてイギリス産の狂牛病(牛海綿状脳症)の牛肉に端を発し、世界中で社会問題となりました。
1970年代後半、イギリスにおいて牛の飼料として、羊または牛の骨粉と、内臓由来の蛋白質を混入させた肉骨粉飼料が開発され、高栄養で安価な飼料供給システムができ上がりました。この肉骨粉飼料により、畜産用牛に狂牛病の発症が疑われる結果になり、最初の報告は1985年に行われています。1995年には、狂牛病の牛の神経組織の摂取による、人間への感染が疑われる報告がなされています。
医原性クロイツフェルト・ヤコブ病
異常プリオンに汚染された医療器具の使用、クロイツフェルト・ヤコブ病で亡くなった患者由来の脳硬膜や角膜などの組織の移植、患者由来の脳下垂体ホルモンの投与など、医療行為を原因とするもの。病気の型ではなく、感染経路に注目した分類です。
変異型クロイツフェルト・ヤコブ病、医原性クロイツフェルト・ヤコブ病の潜伏期間は約10年とされており、ニューギニア島のクールーでは50年を越すものも報告されています。
このクロイツフェルト・ヤコブ病では、行動異常、性格変化や認知症症状、視覚異常、歩行障害などで発症します。数カ月以内に、記憶力低下、計算力低下、失見当識、無関心、不安、不眠、失認、幻覚など認知症症状が急速に進行し、筋硬直、深部腱(けん)反射高進、病的反射陽性が認められます。
さらに起立、歩行が不能になり、発症より3~7カ月で自発運動はほとんどなくなり、寝たきりの状態、すなわち無動性無言状態となります。1~2年以内に全身衰弱、肺炎、呼吸まひなどで死亡します。
変異型クロイツフェルト・ヤコブ病の場合は、20歳代の若年に好発します。不安、感覚障害で初発し経過が長いのが特徴とされ、無動性無言状態に陥るのに1年を要します。この理由は、異種の病原体が人間への種差を乗り越え複製するのに、より長い時間がかかっているためであると推測することができます。
■検査と診断と治療
クロイツフェルト・ヤコブ病では、脳は海綿状でブヨブヨになり、神経細胞も脱落します。脳の固定標本では抗プリオン抗体により、異常プリオン蛋白を検出することができますが、生前に診断するのは難しいといえます。
脳波は特有な異常を示します。初期から基礎律動の不規則性がみられ、その後高振幅鋭徐波が出現します。画像上CTスキャンでは、初期の軽度の大脳皮質の委縮、脳室拡大がみられ、その後急速な大脳、小脳の委縮、著明な脳室拡大、白質のびまん性低吸収域が認められます。
この病気の有効な治療法はまだ開発されておらず、対症療法が主体となります。最近、培養系においてではありますが、抗マラリア薬及び抗精神薬にプリオン蛋白増殖抑制作用が見付かり、治療薬として期待されています。また、ヘパリン類似活性を有するペントサンポリサルフェートなどの薬物を脳室内に投与する、治療の臨床試験も行われています。
なお、変異型クロイツフェルト・ヤコブ病の予防法として、プリオン病原体が種の違いをジャンプする可能性があるため、牛の脳、脊髄(せきずい)、眼、回腸部の摂食は避けるべきだと考えられます。狂牛病の牛からの生乳に感染性が認められていないことから、生乳及び乳製品は安全であると推測されます。
羊の脳はフランスで長く食されており、スクレイピー病の人間への伝達は起こらないことが推定されますが、1980年以降発生している狂牛病が羊に伝達されていない確証がない現状では、羊の脳の摂食も避けたほうが無難であると考えられます。
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