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肛門括約筋不全
肛門括約筋の断裂や筋力の低下により、排便時以外に便が漏れる状態
肛門(こうもん)括約筋不全とは、肛門括約筋の断裂や筋力の低下によって肛門の締まりが悪くなり、排便時以外に便が漏れてしまう状態。便失禁とも呼ばれます。
肛門括約筋不全の症状としては、便意を催してからトイレに行くまで我慢できずに便を失禁するタイプと、便意を感じないままに無意識のうちに便が漏れるタイプがあり、両方を併せ持つタイプもみられます。
肛門括約筋不全の原因には、いろいろなものがあります。原因のうち最も多いものとして、出産時の肛門周辺の筋肉の損傷があります。排便には内肛門括約筋、外肛門括約筋、肛門挙筋、恥骨直腸筋という4種類の筋肉が関与していますが、出産の際に肛門括約筋などが傷付き、その伸縮自在の筋肉の強さが低下することで便失禁、ガス失禁、下着が汚れる、肛門がただれてかゆくなる、便の偏位などの症状が起きます。また、出産の際に肛門括約筋を支配する神経が傷付くこともあります。
この障害は出産後すぐに気付くこともありますが、年を取るまで明らかにならないこともあり、この場合には出産と肛門括約筋不全との因果関係がはっきりしないことがあります。
肛門や肛門周囲の組織の手術を受けたり、しりもちをつくなどのけがをすることで、内外肛門括約筋を傷付けた場合も、肛門括約筋不全が起こります。肛門周囲の組織に感染症が起こった場合にも、肛門括約筋が傷付いて肛門括約筋不全が起こることがあります。
高齢になるにつれ肛門括約筋が弱くなったり、脊髄(せきずい)から肛門周辺の筋肉に入っている神経線維が委縮してくる結果、排便を十分にコントロールできない肛門括約筋不全が起こることもあります。
腸の炎症や、直腸腫瘍(しゅよう)、直腸が肛門から飛び出す直腸脱といった疾患により、肛門括約筋不全が起こることもあります。脳、脊髄、視神経などに病変が起こり多彩な神経症状を起こす多発性硬化症や、糖尿病といった疾患により、肛門括約筋を支配する神経が障害されるために、肛門括約筋不全を来すこともあります。脳卒中、脊髄損傷、脳神経疾患、痴呆(ちほう)により、神経の刺激が肛門に届かなくなるために、肛門括約筋不全を来すこともあります。
さらに、下剤の乱用が、肛門括約筋不全の原因となることもあります。直腸に固まった便が詰まっている時に下剤を飲むと、固まった便の周りを下痢便が伝って失禁することもあります。
便意を催してからトイレに行くまで我慢できずに便を失禁するタイプは、意識的に力を入れた時の肛門の締まりが弱くなっており、出産時に肛門周辺の筋肉を損傷した人、肛門や肛門周囲の組織の手術を受けた人に多くみられます。
便意を感じないままに無意識のうちに便が漏れるタイプは、無意識での肛門の締まりが弱くなっており、高齢者や直腸脱の発症者などに多くみられます。
肛門括約筋不全は起こる頻度の高いもので、特に加齢とともに起こる頻度が高くなってきますが、羞恥(しゅうち)心のために、どんなに不快な症状があっても医療機関へ行かず、自己療法で我慢している人が少なくありません。医師に気軽に相談することが重要です。
肛門括約筋不全の検査と診断と治療
肛門科、あるいは消化器科、婦人科の医師による診断では、まず問診により、便の失禁の程度とそれが生活に及ぼす影響について明らかにします。肛門括約筋不全の原因の多くは、詳しく病歴を聴取することにより明らかになります。
例えば、女性の場合、過去の出産歴は重要です。出産の回数が多かったり、新生児の体重が大きかったり、鉗子分娩(かんしぶんべん)の既往があったり、会陰(えいん)切開の既往があったりすると。肛門括約筋が損傷されていることがあります。時には、全身疾患や薬剤が原因となって肛門括約筋不全を来すこともあります。
次いで、肛門部の診察を行います。これにより肛門括約筋の損傷が容易に明らかになることがあります。肛門領域をもっと詳しく調べるために、他の検査が必要となることがあります。例えば、肛門内圧検査では、小さなカテーテルを肛門内に挿入し、肛門括約筋を緩めた時と締めた時の圧力を測定します。この検査によって、肛門内圧がどの程度弱いか、または強いかが明らかになります。
肛門括約筋を支配する神経が正常に機能しているかどうかを調べるために、他の検査が必要になる場合もあります。さらに、肛門領域に対して超音波検査を行い、肛門括約筋が損傷している領域を明らかにすることもあります。
肛門科、消化器科、婦人科の医師による治療では、症状が軽度ならば、食事習慣の改善指導および整腸剤での処置を行います。時には、現在処方されている薬剤を変更することで、症状が改善することもあります。
大腸炎など直腸領域の炎症性疾患が肛門括約筋不全の原因になっている場合には、原因疾患を治療することによって、症状が改善することもあります。
肛門括約筋を強くするために、簡単な体操(ケーゲル体操)が勧められることもあります。バイオフィードバックという治療法があり、特殊な機械を用いて正しく肛門括約筋を締めるコツを体得することによって、排便時の肛門領域の知覚を改善し、肛門括約筋を強くすることもできます。
肛門括約筋が損傷している場合には、手術を行うこともあります。手術には、肛門の皮下に紐(ひも)を入れて肛門を小さくするチールシュ法、肛門括約筋縫合術、代替筋利用手術法などがあります。
肛門括約筋縫合術は、外肛門括約筋を折り畳むように縫い縮めることで肛門に力を入れやすくし、同時に肛門後方で恥骨直腸筋を縫縮することにより、直腸を前方に折り曲げて、直腸肛門角を強くすることで便が直腸から肛門に下りてきにくくするものです。しかし、手術直後から完全に便の漏れがなくなるわけではありません。手術で筋肉の緩みを取って、筋肉が効率よく働けるようにすることはできても、筋力が強化されるわけではありません。その後に、筋力増強のためのリハビリテーションが必要となります。
肛門の手術や出産時の外傷による肛門括約筋の損傷が原因のものは、手術的に肛門括約筋を修復することで、元通りに治すことができます。加齢による便失禁には、完全に治す治療法はありませんが、近年行われている低周波電気刺激治療器の使用は特に筋肉の老化によるものに対して効果があります。
脳卒中、脊髄損傷、脳神経疾患による便失禁は、治すことができません。近年、末梢(まっしょう)神経の障害が原因と思われるものに対しては、神経の移植や人工肛門括約筋なども試みられていますが、まだはっきりした結論は出ていません。
予防対策は、まず便の失禁が減るように排便をコントロールすることです。特定の食べ物や飲料で下痢や水様便、軟便になりがちな人は、それらを控えるように注意します。水様便や軟便はどうしても漏れやすく、硬い便は肛門に無理がかかります。肛門に負担のかからない質のよい便が直腸に下りてくるように、運動や食事、場合によっては薬を使用して、根気強く下痢や便秘をコントロールすることも必要です。
また、便秘で刺激性下剤を服用している場合は、塩類下剤(酸化マグネシウムなど)に変更して下痢や軟便にならないようにコントロールします。普段から下痢や軟便が多い人は、便を固める作用のある止痢薬で有形便にコントロールすることも有効です。
排便後しばらくして失禁する場合は、排便のたびに座薬や浣腸(かんちょう)を使用し、直腸内の残便をなくすように試みることが有効な場合もあります。突然の便の失禁に対しては、一時的に便の排出を抑える肛門用タンポン(アナルプラグ)を使用するのも一つの方法です。
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